代表挨拶
余白を生み出す、日本モデルのデジタルインフラへ
インターネットは、今や必要不可欠なインフラとして社会に定着しました。多くの人たちが文化的に豊かに暮らしていくための社会基盤そのものであるとも言えます。そして、その豊かさはさまざまな人・企業の主体的な活用によって多岐に広がり続けています。リモートワークの普及によって場所にとらわれず子育てや介護などと両立しながら働けるようになったり、ITを使った新しい産業も次々と生まれました。DXは効率化といった文脈で語られがちですが、その人の働き方や、ビジネスのあり方、ひいては社会のあり方を変えることに、本質があるのではないでしょうか。
日本は少子高齢化という大きな問題を抱えています。そんな日本が少子高齢化のまま幸せになれる、新たな社会のあり方を切り開きたいと考えています。デジタル化によって、少子高齢化と豊かさを両立させ、人口が減っていることすらチャンスに変えていく。そうして日本が試金石となれば、日本だけが幸せになるのではなく、人口が減り続ける他国に、安心の材料を差し出すこともできるはずです。
わたしたちが目指すのは、社会に余白をもたらすデジタルインフラです。言い換えれば、資源や時間などの量的な「豊かさ」、価値観のぶつかり合いを解決するような「ゆとり」を意図的につくるということです。目先の利益ではなく、自分の、自社の、社会の伸びしろを全員が考えられるようにする。そうなると、社会は全く変わるでしょう。
今後も社会のインフラとして役割をまっとうしながら、日本に最適なあり方を模索し、やりたいことが叶えられるような社会に向けて、さらなる向上に努めてまいります。みなさまのご支援をどうぞよろしくお願いいたします。
インターネットは文化そのもの
インターネットの大きな特徴は、全ての人に対して平等かつオープンであること。そこでは、アイデアや技術がフラットにシェアされ、誰でも新しい取り組みに挑戦できるチャンスが広がっています。インターネットは、人々がつながる共通のプラットフォームであり、創造豊かな社会をつくる文化そのものだと捉えています。
わたしたちはインターネットが好きで、会社の風土としてもインターネットの文化が根付いています。さまざまなバックグラウンドを持つ人がフラットに集まっていて、社員の半数以上はエンジニアです。ルールは少なく、役員会議の議事録はオープンにしていて、年功序列といった上下関係もありません。さくらの文化は、インターネットそのものとも言えそうです。
創業のきっかけ
1996年、当時18歳の学生だったわたしは、人生において二度と超えることのないであろう大きな衝撃と感動を覚えました。それは、所用で訪れた秋葉原のとあるパソコンショップの店頭にあった「インターネット体験コーナー」にて、遠く離れた母校の舞鶴工業高等専門学校にある、自身のウェブサーバーにアクセスできたときのことです。外部のネットワークから自分のサーバーにアクセスすることは、現在でこそ当たり前ですが、当時の電話やパソコン通信などの通信環境は非常に高価で、個人が気軽に使えるものではありませんでした。そのような時代に、遠く離れた舞鶴にある自分のサーバーから、今自分がいる秋葉原のパソコンに応答が返ってくる。これは社会にすごい変化を起こすぞと身震いするような感覚がありました。
インターネットが持つ可能性を多くの人と共有したい。一人ひとりが「やりたい」と思っていることを「できる」ようにしたい。そしてその年の12月23日、学生寮の一室で一つのレンタルサーバーサービスをつくりました。さくらインターネットの歴史は、こうして始まりました。